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市民のために司法書士は何ができるか
古根村 博和 先生

司法書士を志したきっかけは

 私が司法書士になったのは、学歴がないと苦労するなど、会社で働く難しさを痛感していた父親の影響で、割と早い段階から独立開業型の仕事に就きたいと考えていました。

法学部に進学したこともあり、専門性の高さも踏まえて、司法書士になろうと思い目指すようになりました。大学3年次からLECに通い、弁護士の事務所にて2年くらい働いて、平成9年に合格しました。

開業当初から積極的にホームレスの方の自立支援・自殺対策・生活保護対策等の活動をされていたのですか

 私がホームレスの方々の自立支援や自殺対策、生活保護対策等、積極的に取組みたくて司法書士になったわけではなく、取組みをするようになったのも合格してすぐだったわけではありません。

こういった活動をし始めたのは、開業して5年ほどたった時、ホームレス支援をしている東京の司法書士と話をする機会があって、その当時は話をしても正直なところ、自分と直接関係がある話だとは思えず、遠くでやっている立派な活動だなと思っていた程度だったのです。

 しかし、神奈川県でそのような活動をしてくれる法律家がいないとのことでした。

何故法律家が必要なのかというと、例えばホームレスの方で借金を抱えている方は半数くらいいらっしゃって、この借金から逃げるようにしてホームレスになり、取立てを考えると一つのところを拠点に生活することもできないという状態でした。

自己破産の手続きでも時効の援用の話でも、誰も支援してくれる人がいなかったとのことでした。

破産の話にしても時効の話にしても司法書士業務の中でやっている話です。

 自分達がやれる活動があって、それを欲している方がいて、それが手をつけられなかったのか、自分のこととして意識出来なかったのか、事実としてそれを全く誰も手をつけていなかったのです。

そうであれば、自分達の活動の中からやっていこうということで徐々に支援活動に近づいて行ったという経緯です。

 私の事務所の近くにも民間のホームレス支援団体があり、炊き出しをしている活動を聞き、参加してみました。そこで初めてホームレスと呼ばれる方と話をしました。

それまで偏見があったのかもしれませんが、少し前まで普通に働いていたような方で意外でした。

 たまたまそういう状態になっただけであり、誰かの支援があれば、以前と近い形で生活ができるのではないかと思いました。

何が必要かと考えたときに、例えば生活保護の知識が必要であるとか、多重債務問題があればその解決が必要だとか、「目の前にいる人を何とかしなければいけない」ということをもとにした、何とかする為の知識が必要だと思いました。

これだというきっかけがあったわけではありませんが、手が付いていない分野に対して、自ら動かなければと考えました。

生活保護とは、多重債務問題・成年後見・生活困窮者支援等の現場では欠かせない知識ではあるものの、誤解と偏見が多く間違った運用がまかり通ってしまっています。

生活保護を受ける方は年々増加傾向にあって行政の対応に苦慮されているそうですね

 そうですね。特に地方へ行けば行くほど深刻だったりします。

以前一人で市役所に三度ほど相談に行かれたという、家がなくなって知人宅に居候している70代の方と市役所へ行きました。

一人での時は生活保護を受けられない可能性が高いという説明を懇々とされたそうですが、私から見るとその方は生活保護を受ければ一人で生活できるような方でした。

扶養義務を果たせる身内がいれば、まずはその方に面倒を見てもらうようにとのことで、知人宅といっても、家族のある家の知人に今後も面倒を見てもらえないかという話をされたのです。

本人からすれば、これ以上傷つきたくないという思いがあり、事情をさらけ出して話しても無駄ではないかと考えてしまい、厳しいことを言われるので、それに絶望される方もいます。

そのようになってから私のところに話が来て、一緒に役所へ行ってみると30分で生活保護申請まで終わってしまいました。

本人は「今までの3回は何だったのか」とびっくりされていましたが、何らかの支援をする法律家がいることで対応が違ってくるというのは今でもよくあることです。

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法律家が同行するケースも増えて役所の方の対応について変化はありますか

 役所の方も、法律家を見る目が少し変わって、理解が出てきたと感じています。

その反射効として、一般の方々に対しては厳しくなっている、つまり当事者に対してシワ寄せが行ってしまっているとも感じ、まだまだ改善が必要です。

本人の為に何をしたらいいかという共通の認識で、役所と対立する関係ではないので、それぞれの考え方が理解できてくればより高められるところがあると確信しています。

場合によっては役所ができない部分を補完し、よりよい形になればと思います。

個々で抱えている問題も違っていて難しい対応もありそうですね

 生活保護申請に同行して生活保護を受けることができたら離れた方がいいという場合もありますが、今後何をしていいのか分からず、住む場所が決まっても仕事が見つからず孤独になってしまうこともあります。

したがって、依存されない距離感が必要になることもあれば、生活保護を受けることができたらそれでおしまいということではなく、アフターフォローが必要になることもあります。

本人の力を蓄えてもらってどう発揮してもらうかという考え方は、従来の本人訴訟書類作成業務の本人の力をどこまで発揮してもらうかという意識と似通っていますね。このあたりは今も活かされていますね。

社会の複雑化・多様化に伴い、DVや虐待・アルコール依存等様々な問題を個人が抱えています。

人間の尊厳の回復を自らの手で成し遂げ、人間らしい生活・最低限度の生活・行き繋ぐ為の生活は、最低限の生活保障だけでは、個人の尊厳が守られているとは言えないこともあります。

したがって、法律家は先も考えなければならないのですが、一人ではできないことが多いと分かってくると、ネットワークの中で自分の役割を考えるようになります。

生活保護問題で理想と現実とのギャップに直面することもあるかと思いますが、支援活動における留意点はありますか

 ケースワーカーと呼ばれる福祉事務所の担当の方を援助することが一つ挙げられます。

彼らが抱えている案件は、一人につき80世帯くらいあるそうです。

一人当たりの仕事量には限界があり、多すぎるときめ細かな対応が難しくなります。

生活保護を受けたら自立して生活できるような方が埋まってしまう可能性がありますし、福祉がなければ生活できない方もいます。

したがって、生活保護申請段階でその垣根を越えることも必要ではないかとも考えます。

対立することなく、一緒に本人の為にいろいろな方法を探っていくということに留意しなければなりません。

行政も限界を認識して民間等と協力することが必要になると思っていますが、当事者目線ということが共通項になるでしょう。

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このような活動をしている司法書士は増えているのでしょうか

 日本司法書士会連合会でも、そのような司法書士を支援する動きがあり、全国的にも徐々に広がってきていると思います。

意識のある司法書士が増えてきていますね。成年後見でも多重債務の問題でも、最低限の生活を確保しないと全く先が見えないということがあります。

最低限の生活を確保した上で、浪費癖や精神的疾患等さらに眠っていた問題があれば、それを関係団体と協力してどうしていくかということになるのです。

もともと業務としてではなく、純粋なボランティアとして始めるという方もいらっしゃるとは思います。

私にもその気持ちも持っていますが、どちらかといえば司法書士として期待されて入ってきているので、まずはその期待に応えていくことを念頭において活動しています。

これから開業を検討する方は生活困窮者への支援を司法書士として活動していくことで事務所経営が成り立っていくのか心配との声もありますが

 それは当然考えるべき問題です。私の事務所の現状は、本人との関係性から代わりの人間には出来ない部分がありますので、個人として司法書士業務に結びついた生活困窮者支援活動は全体の約2割から3割程度を占め、事務所全体でみれば1割くらいになります。

経済的な面から言えば、最近いろいろそのことを考えていて、司法書士法第1条の「国民の権利保護」は司法書士の責任としてある以上、司法書士としての一つの義務なのかなと考えています。単に義務と言えば非常に重たく感じてしまいますが、国家資格を持って開業し、市民の方々から司法書士として認知されて仕事をしていく中で、むしろ司法書士としての権利を行使しているわけです。

司法書士法第3条の登記業務、裁判業務によって報酬を得ています。

逆に司法書士法1条の「国民の権利保護」は義務として社会活動もやらなければならないと考えた方がいいのではないか。

そのことをもともと期待されているのではないかという気がするのです。

弁護士との比較においても、弁護士会でも同じような議論がされているようですが、社会的正義の実現という意味は、単に稼ぐことのみが目的ではなくてその一部でも社会活動をするべきではないかと思います。司法書士として国家資格を与えられて、ある意味独占業務としての仕事がありますから、単に儲けるということが法律上また社会から求められている姿ではなく、ある程度社会に貢献するということを求められた資格だと考えています。

司法書士の魅力は

 私は皆さんに司法書士の魅力は何と聞かれても、また分かりきっていないという段階にあります。どこまでが魅力になるかはわかりませんが、やろうと思えば何でもできる気がしています。

どうしても司法書士の業務を紹介するときに、司法書士法第3条の業務を挙げますが、それを聞くとそれしかできない限定列挙に聞こえてしまうのですけど、本当はもっといろいろなことができる仕事で、皆そのことにも気づいていないし、気づいても取組んでいない者もいて、本来はもっともっとやらなければならないことが多すぎて、手がつけられていない気がしています。

「これしかできない」という枠を自分で作ってほしくはないですね。

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先生の今後の目標は

 成年後見業務とも絡むと思いますが、私は現在精神障害を負った方々の権利保護支援をしていく必要を感じています。

ホームレスの問題にしても、ホームレスの方の約6割が精神障害を負っているという話も聞きましたし、精神障害についての知識と地域の精神保健福祉士・社会福祉協議会等と自分のつながりをつけていって、司法書士を中心としなくてもいいですが、大きなネットワークを作れる人間になっていきたいなと思っています。

ネットワークの中に情報が入れば、また何かがあったときにそこに相談すれば、その中の専門家達がケアできるという流れを今後作っていきたいと考えています。

一か所でニーズに合ったサービスを提供する「ワンストップ」というものを掲げる事務所がありますが、別の意味での「ワンストップ」の構想ですね。

司法書士を目指す方々へメッセージをお願いします

 司法書士を求めている市民の方は、これからこの世界を目指す方が考えている以上に求められているし、もっと活躍しなければなりません。

早く合格してもらって、早く一緒にやっていただきたいと思っています。

そして、司法書士の業務を狭く捉えず、市民の方が望んでいる限り、どのような形にせよ司法書士の業務に関連づけることができるので、自らの可能性を小さくしないで潜在能力をフルに発揮して活動してもらいたいです。

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