私が大学生の時、留学先のアメリカから帰国すると、日本では就職活動が終わっていました。父が司法書士だということもあって、教育学系の学部ではありましたが司法書士を仕事にしようと決意しました。しかし、この仕事をするためには資格を取得する必要があり、卒業後、資格の取得を目指して勉強をスタートしました。
2回目の受験で合格し、合格後は父の事務所で業務をスタートするのですが、不動産登記を中心にした事務所で、なかなか司法書士が主体的に動くことができない業務でした。売主・買主・仲介業者・融資する金融機関等がいて、全てが決まってから最後に呼ばれて登記をするという毎日でした。また、立会等にはどうしてもマンパワーが必要でした。細かく言えば違うのかもしれませんが、その業務はルーティーンになっていました。余計なことをしないという意味において、それはそれでよかったのですが、主体性がないことに面白みを感じませんでした。
司法書士のプロパー業務といえば、今も昔も登記業務です。不動産関係の業務は、金融機関から依頼を受けることが多く、一度も面識のない当事者が私たちの報酬を支払うということも少なくありません。 そこで漠然とですが、依頼者と支払者が同一で、依頼者と一緒に成長、発展を目指すという目標へ向かって、主体性を持った業務ができるのが企業法務と考えました。
まだまだ司法書士と企業法務というものが今以上に浸透していない時期でしたが、そこにチャンスがあるのではないかということで、10年ほど前から企業法務に軸足をおいたリーガルサービスを展開し、今では顧問契約を25社、その他に上場企業の社外監査役をしています。まだまだ司法書士業務としてはベンチャー分野ではありますが、私が行っている企業法務についてご紹介したいと思います。
企業とは、事業活動をしている組織や個人のことを指します。組織は株式会社に代表される会社や、一般社団法人・一般財団法人・医療法人などの各種法人、個人営業を営んでいる方もここでいう企業としてとらえています。
企業には経営が必要です。経営とは、その組織と日々の取引から形成され、その前提として会社法をはじめとする法律が介在します。この部分のサポートが業務部分となります。
企業法務には、大きく以下の3つに分類されます。
(1)対処法務・・・裁判法務に代表される紛争に対処する法務
(2)予防法務・・・契約書作成等、紛争を未然に防ぐ法務
(3)戦略法務・・・買収や上場等、企業の方向性を導く法務
このうち(1)はどちらかというと、これまでも弁護士が行ってきた企業法務の典型の形です。いわゆる用心棒ですね。何も起こらなければそれでいい、何か起こったときに出ていくという非常時要員としての役割です。
私たち司法書士は、(2)について司法書士の元来行っていたドキュメンテーションという強みを出せる部分です。ほとんどの企業において紛争というのは、それほど多いわけではなく、粛々とドキュメンテーションなり、手続を進めることが平時ですから、この分野においては私たちも十分能力を発揮できるわけです。もちろん、弁護士ができないと言っているわけではありません。しかし、弁護士のメンタリティとして、紛争を前提とした動きをするので、「相手が争ってきたらどうする」という考え方から時間もコストもかかってしまうのです。こういったものが必要な場面はもちろんありますが、そうでない場面の方が多いので、平成18年会社法の改正によって非常にたくさんのドキュメンテーション、手続が発生し、それらについてクライアントのニーズを踏まえて処理をしていくことは、我々司法書士が得意とするところでありますので、「紛争性のない法務事務手続・処理は司法書士だ」と沢山の経営者の方々にも認識してもらい、このフィールドにおいてさらなる活躍が期待できるし、求められるようになると思います。
近時各企業においては、コンプライアンス(法令遵守)の実現が重要視されています。コンプライアンスを無視した経営は、現代の企業においてはあってはならないのです。司法書士としては、持っている法律知識を如何なく発揮することを求められています。会社法・商業登記法だけ知っていればいいということではありませんので、周辺知識が必要になってくるでしょう。
企業法務ニーズとしては、以下の3つがあると考えています。
(1)リスクマネージメント
紛争を望む企業はありませんので、まず紛争の予防があげられます。また、紛争が発生した場合の対応力が求められます。(2)スペシャリティ
もちろん、専門家としてアドバイスするので、この部分は当然求められます。「ここの分野のプロです」という部分最適を担うというスタンスも重要ですね。(3)コーディネート
全体最適を考えての他分野の方々とのアライアンスし、その中でコーディネート機能が求められます。企業法務を全て一人でやっていくことはできませんので、他士業とコンソーシアムでやっていくという方向性も大切ですね。
担い手としては弁護士をはじめ、公認会計士や税理士、その他コンサルタント等、ライセンスが必要な業務ではありません。つまり誰でもやれる業務です。
トラブルが多い企業であれば弁護士の活躍の場が増えるでしょう。ドキュメンテーションや手続のニーズがある企業では、司法書士が活躍できるフィールドが大きいでしょう。国家資格者であるという信用と先輩司法書士が築いてきた身近な相談役というイメージ、また企業は登記からの接点を持ち易いので、手続代行だけではなく受動的な相談・助言、さらには能動的に提案・企画等できるチャンスは少なくないと思います。
大事なことは、能力とか知識とかだけではなく、人間関係等も含めた総合力が求められると言ってよいでしょう。
経営者の方から、具体的にこうするというものが決まっており、詳細な手続についてアドバイスを求められることが多いですが、企業とのお付き合いをしていく中で、数々の相談の中から、論点を明確化して効果的な手段をアドバイスすることも、時には出てきます。
この業務をする皆さんは、最初が難しいと言います。どうやってクライアントとのきっかけ・接点を作るかの部分です。当然、まずは経営者の方と会うことです。皆さん地元でのネットワークを持っているので、その接点はいくらでもあると思います。
今の顧問先も金融機関からの紹介で最初は不動産取引をしてそこからという企業もあり、商工会議所で経営者の方と知り合ったことも少なくありません。セミナーに参加いただいた方がクライアントになることもあります。上場企業や大企業との接点はまた違うと思いますが、中小企業との接点というのは誰でも少なからずあると考えています。
<組織再編法務手続>
スキーム選択からスケジューリング、議事録等作成、公告の手配、登記までトータルサポートします。
<株主総会トータル支援>
招集通知、事業報告、議事録作成、登記と必要あれば運営(コンプライアンスの実現)の支援を行います。
<法務部のアウトソーシング>
中小企業のほとんどは、内部に法務部を持っていません。そこで契約書のチェック等、法務部の仕事の依頼を受けます。企業の実情を知り、こちらから情報を取得しに行くことが重要です。
<社外役員>
どうしたらコンプライアンスが実践できるのかの監視強化としての法律家の役割とニーズ(企業の外から見て狎れあいにならずに是正できる者として期待)があります。
上場企業において1人以上の独立役員が必要になったこともあり、司法書士が社外役員として活躍することが期待されるところです。
準備、体制の調整をした上で、情報を発信していくということが重要です。
クライアントのニーズをきちんと把握して応えること、自分が何を企業に提供することができるかを常に考えることが必要です。最終的には報酬に見合う成果を提供できるかにあると考えます。
経営者は常に我々を比較し、シビアに評価しています。試験は8割で合格できることもありますが、実務では常に100点でなければなりません。今思えば受験生時代が一番勉強していなかったのではないかというくらい司法書士になった後の方が勉強しています。
私は、クライアントに「ウチの司法書士」として自慢してもらえるような仕事ができれば最高だと思って仕事をしています。
都心部でしか企業法務の需要がないと思われがちですが、企業は全国遍く存在しているので、地方においても需要はあると思います。司法書士全員が企業法務に取り組む必要はないですが、「中小企業コンサルティングなら司法書士」ということになれば、この分野における司法書士の活躍できるフィールドはさらに大きくなると考えています。
広い視点でビジネス・経済の中に私たちも入っているという認識を持って、そこで経営者や企業の方々と一緒に臨場感をもって仕事をすることができれば、受け入れられるし私たち自身も楽しんで仕事ができると思います。
「国家資格取得=特急券」だった時代と違って、今はこの試験に限りませんが、取得したらそれだけで安泰という資格はありません。あれば何とかなるという時代ではないのです。
しかし、資格を取得してそれが邪魔になるということは絶対にありません。その中で、資格を武器にして自分をどう差別化するのかが大事になると思います。是非、取得した資格を武器にできるよう頑張ってください。